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【河口正史×近江克仁】日本アメフト界のパイオニアと現代の挑戦者!彼らの挑戦とそのマインド形成とは。

日本人で初めてNFLプレシーズンに出場したパイオニア河口正史と、今年1月に会社を辞めNFLに全力で挑むアメフト日本代表キャプテンの近江克仁。

立命館大学を経て日本を代表するアスリートになった2人は、いかにして数万人のトップに上りつめていったのか。大学時代にぶつかった壁やNFLに挑戦する道中で学んだ、「成長の技術」を聞いた。

日本一になって感じた「虚しさ」が僕を変えた

──同じ「NFL挑戦者」のお二人ですが、NFLに挑戦しようと思い始めたのはいつごろですか。

河口:僕は大学3年生の時です。甲子園ボウルで優勝して、日本一になった。日本一になったのに、虚しかったんですよね。

河口正史(かわぐちまさふみ)さん
河口正史(かわぐちまさふみ):1973年、兵庫県生まれ。立命館大学アメリカンフットボール部3年時、学生日本一を決める甲子園ボウルで優勝。大学卒業後、アサヒビールに入社し、並行してNFLヨーロッパへ参戦。3年目に「オールNFLヨーロッパ」選出。2002年から2年連続でNFLサンフランシスコ49ersのキャンプに参加するなど、アメフトの海外挑戦の道を切り開いたパイオニアとして知られている。2008年に現役引退し、現在は株式会社JPEC TOKYO代表取締役としてジムを経営。独自のメソッドを確立し、1000名を超えるアスリートのパフォーマンス向上に貢献している。

近江:どうして「うれしい」じゃなかったんですか?

河口:正直に言うと、あんまり努力していなかったから。自分の力を全部出し切った充実感がなかったんです。この時、結果だけじゃなく、自分が納得できるだけの取り組みをしなきゃいけないと気付きました。 4年生になってからは取り組む姿勢が大きく変わって、それまでの3年間の何十倍ものエネルギーを注ぎました。ただ、やり切った感があった一方で、今度は優勝することができなかった。 日本を出たのもこの経験が大きくて。できる限りのエネルギーを注ぎ込んで、日本一を超えたい、行けるとこまで行きたいと考えるようになったんです。

──そこから日本一を超えて、世界最高峰を目指すようになったんですね。近江さんはいつごろでしたか。

近江:僕の場合は小学生時代からずっとNFL選手になることが夢でした。でも本気で、現実と向き合った上で目指し始めたのはごく最近かもしれません。

近江克仁(おうみよしひと)選手
近江克仁(おうみよしひと):1995年11月6日、大阪府生まれ。立命館大学アメリカンフットボール部2年時に甲子園ボウル優勝。卒業後はIBMビッグブルーに入団、日本代表キャプテンを務める。今年1月31日に大手損保会社を退職し、「日本人初のNFL選手」を目指して海外でのトレーニングや選考会に参加。選手活動以外に、講演、YouTube配信など多岐にわたる。

近江:「NFL選手になる」と言いながらも、天狗になって、適切な練習ができていなかった時期もあります。そういった意味で、現実と向き合い始めたのは大学1年生のシーズン最後、関西学院大学に完敗した時です。 当時は1年生から試合に出場できていたことで、いい気になっていた。でも関学はそれまでの対戦相手よりも桁違いに強くて、圧倒されてしまったんです。「うわ、俺全然足りてないじゃん」と、恥ずかしさと悔しさがこみ上げました。 この悔しさがきっかけで、「2年の時にはこういう選手になろう」と決めたり、その時その時の自分に満足せず、目標に合った行動を続けるようになりました。

──1年ごとに目標を決めていたんですか。

近江:はい。自分の中ではかなり計画的に目標を設定していました。でも学生時代に戻れるとしたら、目標設定の仕方というか、目標の高さを変えたいなと思いますね。

──どういうことでしょうか。

近江:アメリカに行った時に、向こうの選手との実力差をものすごく感じたんですよ。なぜなら僕が日本一を目指しているころ、彼らはNFLを目指していたから。 天狗になっていたわけじゃなくて、NFLにいくためにまず「日本一」を目指して、それにふさわしい練習をしていました。でも、いまNFLを目指してわかるようになったことは、日本一とはまた別次元で取り組まなければいけないということ。「日本一になるための練習」と「NFL選手になるための練習」は全く違う。

近江選手2

近江:目標が高ければ高いほど、取り組む意識や姿勢が変わるんです。だからいま立命館でアメフトをやっている後輩たちも、海外やNFLのプレーを見ながら、高い目標を持ってトレーニングに取り組んでほしいと思います。 「世界を意識する」と、目標が変わって、「自分が変わる」と思います。

理想だけをイメージして、言葉にする

──河口さんとトレーニングをされていたとのことでしたが、NFLに最も近づいた人物から学ぶことは多いのですか。

近江:ものすごく多くを学びましたね。フィジカルトレーニングももちろん勉強になりましたが、メンタル面のアドバイスが印象に残っています。

──具体的にはどのようなことを伝えられたのでしょうか。

河口:メンタルでいえば、貪欲さや積極性ですね。自分がアメリカやヨーロッパの選手と対戦して学んできたことを伝えています。 ただ、それを全て実行すればNFLに行けるかというと、そうではない。僕の中にも答えはないんです。おかしな言い方ですが、「行けるルート」はあったと思います。でもアプローチやマインドが間違っていたから、NFLに行けなかったわけですよね。 僕の持っている答えは10割ではない。7割くらいは答えに近づけるようなヒントを持っていると思いますが、あとの3割は近江くんが自分で見つけないといけない。体験しないとわからないこともたくさんあります。

──河口さんがNFLで体験した中で、特に日本との違いを感じたのはどんなところですか。

河口:いろいろありますけど、僕が大きな違いだと感じたのは「言葉」ですね。 日本のコーチは、レシーバーがボールをキャッチする時に「おい!お前、それを落としたら試合に負けるぞ!」と言う。でも向こうのコーチは「おい!お前、それを取ったらヒーローになれるぞ!」と言うんです。

河口さん2

河口:同じことに対して、ネガティブな言葉をかけるか、ポジティブな言葉をかけるか。教育方法の違いでもありますが、「落としたら負けるぞ!」と言われるより、「取ったらヒーローになれるぞ!」とポジティブな言葉をかけられた方が、身体の反応も良くなるんです。

近江:それはすごく感じます。日本では、ミスしたら「おい!お前何してるねん。試合で負けるぞ」とか「それ絶対外すなよ」とか、ネガティブな声が多かったと思います。 でも「外すなよ」と言われたら、まず外すことを意識してしまうので、「決めよう」とかポジティブな発言をするように気を付けていました。

河口:脳科学的にも、否定形の言葉は認識されないらしいんです。ゴルフで言えば、「バンカー方向に打た“ない”」と意識しても、「バンカー」と「打つ」だけが脳に認識されるので、バンカーに打ってしまう。 本当はグリーンに乗せることを考えるだけでいい。シンプルですよね。

──ネガティブなことを回避しようとするのは、意味がないと。

河口:アメフトやゴルフ以外でも同じですよね。 ポジティブだと思うことだけにフォーカスする。自分の目標と合わないことは、全部無視していい。近江くんでいえば、周りの声に慣れてはいけないと思っています。 会社を辞めて、周りからは「やめておけばよかったのに」とか言われていると思うんです。でも、そうじゃない。「そんな挑戦は無謀だ」という言葉は、挑戦してこなかった、諦めた人たちが自分の人生を肯定するために発している言葉なんです。 こんな声は、一切無視していい。むしろ、自分の目標だけを考える、そして言葉にすることが重要です。

近江:そう言っていただけてありがたい限りです。そして僕も、自分の目標を言葉にする重要性はすごく感じています。 NFLへの挑戦も、言葉にするまでは夢物語でした。それが言葉にした瞬間に現実に変わって、行動が変わっていったんです。

近江選手3

近江:先ほどの話にも通じますが、思っているだけだと変わらなかったり、足りない場合が多い。

河口:例えば、僕のジムに来る中高生に「将来どうしたいの?」と聞くと、「大学に行って野球続けられたら良いです」と言う。 でも、よくよく話を聞いてみたら「本当はプロになりたい」と。 心の底では思っているんです。だけど恥ずかしくて言えない。「俺みたいな人間がプロに行きたいって言っていいのかな」なんて考えているんです。 でも、やる前から目標を変えちゃっていたら、「本当の目標」は絶対に成し遂げられない。「大学で野球を続けたい」と思いながら努力してプロに行ける選手なんて、いると思いますか。いないと思いませんか。 NFLのキャンプに行った時の経験が強烈で。野球に例えて言うと、「この中でピッチャーできるヤツは?」ってコーチが聞くと、全員手を挙げたんです。僕はピッチャーなんてやったことないから手を挙げなかった。じゃあ次の日グラウンドで投げさせてみたら、ほとんどの選手がまったくできないんですよ。 要するにチャンスがあったらとにかくトライするんです。できなくても問題ないし、万に一つは可能性があるわけですから。 だからまず言葉にすれば良いんです。覚悟ができたら、周りに言う。そしたら行動するしかなくなりますから(笑)。

河口さん3

枠組みにとらわれず、もっと貪欲に楽しめばいい

──言葉にして宣言する、それってすごく難しいですよね。

河口:声に発さないまでも、書くとか、メモするとか言葉にするまではぜひやってほしいなと思います。 それでももちろん簡単なことではないですし、言葉にしても達成できないことの方が多い。でも、挑戦することでしか学べないことがたくさんあることを僕は経験して知っている。わかっているんです。 小さな一歩を踏み出せなかった過去を後悔している人は、学生の方々が思っているよりもかなり多いと思います。 たとえ小さな目標でも、高すぎる目標でも、それを追うことは何より楽しいと思うんです。

近江:いま「Leave a trail」という言葉をすごく大切にしていて。「わだちを残せ」という意味ですが、敷かれたレールや他人が走ったレールに乗るんじゃなくて、自分自身が新しい道を作って切り開いていくと。これが本当に楽しい。

河口:素晴らしいことですよね。楽しければいいです。

近江:NFLでプレーすることは、日本人が誰一人たどり着いたことのない場所。行く道も見えていないなか、いろんなものに挑戦して、NFLへの道を作りたいんです。

近江選手4

──改めて、アメフトに取り組む後輩たち、学生アスリートに伝えたいことはありますか。

近江:できるだけ高い目標を掲げること、あとは他の部の技術を取り入れて行ってほしいなと。大学時代を振り返って唯一後悔していることが、陸上部と一緒にトレーニングしなかったことなんです。 いまNFLを目指すにあたって「直線を走る能力」が必要で、40ヤード走ではどれだけ早く走れるかが求められます。アメリカではオフシーズン は別の競技を行う習慣もあり陸上のトレーニングをみんなやっている。特に立命館は陸上が強い。施設もトラックもあるのに、何でそこに足を運んでトレーニングしようと思わなかったのか。あんなに近くにいたなら、いつでも聞けたのに。 自分の中の枠のようなものにとらわれていたんです。ぜひ後輩には部活をまたいででも、貪欲に自分を高めてほしい。 目標に対してシンプルに考えて行動することで、競技力が底上げされて盛り上がると思いますし、例えばスポーツは大学で辞めると決めていたとしても社会に出てから役に立つと思います。 それこそアシックスにサポートしていただいているのであれば、もっと貪欲に求めていっていいと思います。新しいメソッドや最新技術を取り入れて、自分の目標に向かって挑戦していってほしい。

河口:部の垣根を超えて練習をすること、僕もぜひやってほしいと思います。海外ではオフシーズンという概念があって、練習が休みの期間に別の競技をやることが当たり前です。

河口さん4

河口:その点、日本は年中一つのスポーツをやっていて、根性を鍛える場所みたいになっている。考え方が固定されているんです。近江くんが言ってくれたように、何かに一つに集中している時でも、周辺視野を失わないことが重要だと思います。 また、僕自身、若い頃からずっと言い続けていることが「想像できることは実現できる」ということ。 例えば、総理大臣になっている自分は想像できるけど、アメリカの大統領になっている自分って想像できない。なぜなら法律上、アメリカの大統領になれないから。でも、総理大臣になっている自分を想像できるのは、その道があるから。 想像できることって、たとえそれがどれだけ難しくても、絶対どこかに道があるはずなんです。海外やプロを目指したときからずっと自分に言い聞かせながらやってきました。 結局、自分はやり切れずに終わっちゃったんですけど。近江くんや学生たちには、自分を信じて、そして周囲のサポートを全力で活用して挑戦していってほしいですね。

取材実施場所:ASICS Sports Complex TOKYO BAY
取材実施場所:ASICS Sports Complex TOKYO BAY執筆:小須田泰二、編集:日野空斗、撮影:花井智子