ASICS

観客席を一色に。アシックスと現役体育会生が見据える、大学スポーツの未来

アシックスは現在、早稲田大学と立命館大学の2校と包括的連携協定を締結し、人材育成、社会貢献活動、研究開発の3つを柱に幅広く連携しています。そんな中、今年3月には大学スポーツ協会(UNIVAS)が新設されるなど、大学スポーツには追い風が吹いています。 大学スポーツが活性化してる様子が見られますが、実際に現場で活動している体育会生たちは、日頃どのような課題を感じているのでしょうか。 そして、アシックスは大学スポーツの振興と課題解決に向けて、どのようなビジョンを描いているのでしょうか。 アシックスジャパン株式会社 トータルパートナー推進チームの永家伸洋氏、東海大学アメリカンフットボール部グラウンドアシスタントの神田一哲氏、慶應義塾大学女子ソッカー部の鈴木紗理氏の3人に、お話をお伺いしました。

現場で感じる大学スポーツの“課題”

ー永家さんは学生時代、慶應義塾大学野球部のマネージャーとして活動されていたとお伺いしました。当時の大学スポーツの状況と、現在の変化について何か感じる事はありますか?

永家:1年生から野球部のマネージャーとして活動を始めて、4年生の時に主務になりました。当時はチーム運営に加えて、六大学野球連盟の役員として連盟運営にも携わっていました。 当時、私の1学年上に学生野球において注目の的だったハンカチ王子がいたので、かなり大学野球は盛り上がっていましたね。2010年の秋には、リーグ戦で最終的に早稲田と慶應が同率1位となって、50年ぶりのプレーオフが行なわれました。NHKも緊急で生放送していましたし、とにかく盛り上がっている時期でしたね。 ただ野球に限らず、スター選手の出現、活躍の有無によって観客の増減に影響があります。それでも集客を行なうために、今は各連盟、各大学が工夫を凝らして努力している印象があります。特に最近だと、各チーム単位でのSNSの運用が活発化していますよね。私たちの時代は、六大学の野球部はどこもSNSをやっていなくて、情報は連盟のホームページに集約されていました。

永家伸洋: アシックスジャパン株式会社トータルパートナー推進チーム。慶應義塾大学野球部OB。現役時代はマネージャーを務め、4年時には主務と六大学野球連盟の役員として連盟運営も兼務。
永家伸洋: アシックスジャパン株式会社トータルパートナー推進チーム。慶應義塾大学野球部OB。現役時代はマネージャーを務め、4年時には主務と六大学野球連盟の役員として連盟運営も兼務。

ー神田さんは現在、東海大学アメリカンフットボール部のグラウンドアシスタントという役職ですが、具体的には何をされるのでしょうか?

神田:私は昨年から(※)College Sports Ambassadorとして活動しているのですが、正しい情報を発信する為に現場レベルでも大学スポーツに携わる必要があると実感し、去年の7月に東海大学のアメフト部に入部しました。 ※College Sports Ambassador・・・株式会社ookamiで2018年に開始したプログラム。各競技1名ずつのアンバサダーが、Player!やソーシャルメディア、大学コミュニティを活用して、学生スポーツに新しい価値を提供している。 グラウンドアシスタントは今年から作られた役職で、グラウンド内では1年生へのコーチングや対戦相手の細かい情報の共有など、選手のサポートを行ないます。そしてグラウンド外では、ビデオの分析と広報の業務がメインとなります。

ーチームのSNS活用が活発になっていく一方で、大学スポーツにおける課題として「集客」があると思うのですが、現場を体感している中で改善点はどこに感じていますか?

神田:大学アメフトはまだまだ観客数も少ないです。また、観客席の大半はOB・OG、選手の保護者などが占めていて、現役学生は少ないというのが現状です。その中で早稲田のように集客が成功しているチームもありますが、全体的に集客のノウハウが確立されていない印象があります。 また、どうしても自分たちの目線で情報を発信しがちで、相手側のことをあまり考えられていないように思います。体育会は部の枠組みを超えた外との繋がりが薄く、良い意味でも悪い意味でもずっと同じメンバーで運用していくしかないので、なかなかイノベーションが生まれづらい環境ではあります。だからこそ、今後は外部からの意見も積極的に取り入れながら、マーケティングの手法を考えていくべきだと感じています。

神田一哲: 東海大学4年 株式会社ookami College Sport Ambassadorアメリカンフットボール担当。東海大学アメリカンフットボール部グラウンドアシスタント。
神田一哲: 東海大学4年 株式会社ookami College Sport Ambassadorアメリカンフットボール担当。東海大学アメリカンフットボール部グラウンドアシスタント。

鈴木:選手自身の発信が少ないのも課題の1つですね。各部のアカウントは活発化している一方で、選手たちの想いや頑張りなど、表には見えない部分が伝えきれていないので、もっと外の人たちにも共感を得てもらえるような情報発信が必要だと思います。

永家:大学のスポーツ新聞の編集部とは、何か連携を取って活動をしているのでしょうか?

鈴木:大きな試合の前やシーズン初めには、慶應スポーツ新聞会で注目選手のピックアップ記事、また試合の速報や戦評、プレー写真などを掲載していただいています。

神田:私たちも東海スポーツでは、試合速報やレビュー記事を掲載していただいていますが、試合前のプレビュー記事はあまりないですね。

永家:そうなると、どうしても各媒体で情報が重複してしまうことが多くなりますよね。アメリカでは、それぞれの大学に「アスレティック・デパートメント」という各部を統括する組織があります。日本では筑波大学などでは設置されていますが、まだまだ浸透していないと思います。スポーツ新聞の編集部などを含め、様々な組織と横断的に連携して情報発信のプラットフォームを作り上げていくことが重要だと感じています。 私たちの時代は、幸いにもハンカチ王子がいたので、何もしなくても観客が集まる状況でした。ただ、私が3年生のときに、ハンカチ王子が居なくなりファンが減ることを危惧して連盟側の提案により、学生中心とした活性化委員会が発足しました。そこでは、放送をして下さっている企業など大人の方のアドバイスもあり、夏の少年野球教室や学生向けの開幕戦無料観戦など、今なお続く施策が生まれていきました。現在は更に発展をし、一般学生が参加できる東京六大学ゼミナールが発足していますね。

ー選手自身の発信が少ないのは、どういった原因があるのでしょうか?

神田:どうしても私のように大学スポーツを広めたい体育会生と、そうでない体育会生との間のギャップが一つ大きいのかなと考えています。特に選手は「プレーができれば良い」という考えを持っている人が多いので、だからこそSNSで自分の想いや考えを発信することも少なくなってしまいます。部としても、選手のSNSでの炎上を防止するために発信に制限を掛けるルールはある一方で、“理想の発信方法”は提案できていないんです。選手自身は自分でコンテンツも持っていますし、最も発信能力が高いと思うのですが….。

鈴木:一番周囲の共感を呼べるのは選手なので、私は、選手自身の発信はしない事がもったいないと考えています。昨年はピッチ内外で日々感じていることを発信することによって、少しずつではあるものの、私の想いに共感していただいた方とコミュニケーションを取ることもできました。そういった選手が増えていけば、より多くの方々が部やスポーツそのものの魅力に気づいてくれるのではないかと考えています。ただ4年間プレーするだけではなく、選手にしかできないことを部活の枠を超えて挑戦していきたいです。

鈴木紗理: 慶應義塾大学3年 慶應女子ソッカー部所属。株式会社ookami インターン。
鈴木紗理: 慶應義塾大学3年 慶應女子ソッカー部所属。株式会社ookami インターン。

UNIVASへの期待

ー今年3月にはUNIVASが新設されましたが、どのようなことを期待していますか?

神田:試合のストリーミング配信など、デジタル面の強化はすごく期待しています。体育会にUNIVASの恩恵が感じられるのは、まだまだ先のことなのではないかというのが正直なところですが、OBが強い権力を持っている大学スポーツの中にUNIVASが入ってくることによって、どのように変化が生まれるのかは気になるところですね。

鈴木:私は体育会生として活動している中で、大学と体育会に距離が生まれているように思えます。体育会生は部活動に集中していると、受講できる授業も限られてきますし、結果的に学業が疎かになってしまうこともあります。そうなると大学側は「学業を優先できていない」と体育会生を批判的に見てしまうので、UNIVASが組織として、大学と体育会の間により密接な関係を築き上げてくれることを期待しています。

神田:たしかに、私も部に所属して初めてその距離感に気付きました。選手が置かれている現状はこんなにも辛く厳しいものなのかと、今まで見えてなかった部分を日々肌で感じています。なので、まだまだ大学側と大学アスリートの視点に乖離があると思っています。実際に、体育会生は勉強する時間がなかなか取れないですし、学業と両立できずに部活動を辞めてしまう学生もいるのが現状ですね。

永家:アメリカでは成績が悪いと、家庭教師がついて指導をしてくれるシステムがあると聞きます。既に日本でも類似の制度を取り入れている大学は実在しますが、UNIVASとしてそのような学業を支援する制度も考案しています。ただ、その制度も大学側に恩恵が生まれなければ意味がないですし、時間をかけて良いサイクルを作り出す必要があると思います。

ーUNIVASは協会という立場ですが、アシックスはブランドという立場として、大学スポーツにどのように貢献していきたいと考えていますか?

永家:アシックスでは現在、早稲田と立命館の2校と包括的連携協定を締結しています。これは、メーカーとして各クラブと関係性を作るだけではなく、一般学生やOB・OG、地域の人々も魅力的なステークホルダーだと感じているからです。その中で、人材育成・地域貢献活動・研究開発、この3つを柱として貢献をしていければと考えています。 早稲田では、一般学生にスポーツを浸透させるためのランニングイベントを行なったり、「プロフェッショナルズ・ワークショップ」という社会連携教育プログラムの一環で、大学スポーツを盛り上げるプランを考えたり、企業として様々な形で協力しています。 最終的には、観客席がアシックスの早稲田グッズを身につけたファンで溢れていて、早稲田のスクールカラーであるエンジ一色に染まっている光景を見てみたいですね。 とはいえ、どうしても「WASEDA」は大学名でもあり、地名でもあるので、それが大きく書かれたウェアは着づらいという学生もいます。そこで、アシックスでは「WSD」「W」というふうに略称を用いることで、着用のハードルを下げていたりしています。

神田:かっこいいウェアは選手のモチベーションにもなると思います。それをキャンパス内で着て歩いているだけで周囲の目を引きますし、部のイメージアップにも繋がると思います。 あとはどうしても学生だけの運営をすることが多い中で、大人の方に一つアドバイスを頂くだけで問題が解決したり、突破できるようなポイントが沢山あるなと思っています。なので、メーカーの方に少しでもご協力いただいて、互いに歩み寄りながら大学スポーツの熱狂を一緒に作っていければ嬉しいです。

鈴木:ウェアを作っていただく段階から、選手の声を直接届けられるようになると嬉しいですね。各々によって希望は様々ですが選手によってはプレーに支障が出たりする選手もいるので、着心地はプレーをする上で重要になります。しかしその為にも、選手・部としてしっかり結果を残すなどして、双方にとって有益な関係にならなければ実現は難しいと思います。

永家:選手と一緒になってアイテムを作っていくことは大切だと思っています。また、デザインはもちろんですが、メーカーとしては機能面もこだわっているので、例えばスパイクはソールの特徴などを選手に説明していますし、新商品が出た時は試し履き会も行ないます。包括的連携を進めていく中で、新機能や新デザインの研究開発の場としても大学スポーツを活用させていただいています。

大学スポーツの“強み” “理想像”

ー学生のお二人は、大学スポーツの魅力をどこに感じていますか?

神田:体育会生の工夫次第で、可能性が無限大に広げられるところが魅力だと思います。やればやるだけ成果が得られますし、まだまだ未開拓な領域も多い分、個人の影響力が大きくやりがいを感じられます。また監督やコーチに言われて動くのではなく、学生が主体となって一つの組織を運営しているので、高校の部活動とは違う発見や面白さがあります。そしてCollege Sports Ambassadorと体育会生、両方の視点で大学スポーツを見てみると現場にいる自分達が思っている以上に、熱量がものすごいコミュニティであることも魅力の一つであると感じています。

鈴木:高校は既存の与えられた枠の中で頑張るという印象がありますが、大学ではゼロから組織を作ることもできます。また、大学スポーツには選手の活躍を支えてくれている学生がいますが、私は表と裏という概念はなく、裏方でさえも表方という考え方が理想だと考えています。

ー最後に、皆さんが考える大学スポーツの理想像を教えてください。

神田:観客席が、同じ色のウェアを着た大学生で埋め尽くされてた風景になっているのが理想像としてあります。その実現のためには、大学スポーツの魅力を体育会生自身が継続して発信を行ない、一般の大学生を巻き込んでいくことが必要だと思います。今の高校生が、大学生になっても部活動で競技を続けたいと感じられるよう、大学スポーツをもっと魅力あるコンテンツにしていきたいです。 そして何より現場の運営を安定させて行くために、大学でスポーツに取り組む体育会生とそれを支える組織全体に、しっかりと利益が還元される仕組みづくりがされていくといいなと思います。

鈴木:体育会とスポンサーが一体となって、大学スポーツを盛り上げていきたいです。スポンサーの支援があるからこそ、選手が恩返しのために頑張れる。そういった関係を築き上げられるのが理想だと考えています。

永家:大学スポーツでは、一般学生やOB・OG、地域の人々をどう巻き込んでいくかが課題となっています。また、アシックスが販売している早稲田グッズは、売り上げの一部が大学に還元されますが、そのお金がスポーツ振興に役立てられるような仕組みを作っていく必要もあります。 私たちはあくまでも企業であり、大学や体育会生の置かれた環境をサポートする立場です。大学スポーツを支える企業が今後も増えていけば嬉しいですし、UNIVASがそのような仕組みを構築してくれることにも期待しています。

左から 鈴木紗理、神田一哲、永家伸洋
(取材・文:田中紘夢、撮影:若月翼)